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「ねえ、あなた」
 と、君を呼び止める者があった。
「新入生でしょう?」
「はい……」
 君は不安げに見上げた。
 名前は知らないが、上級生だ。
「私は新聞部の部長、築山三奈子。『リリアン女学園サバイバルガイド』の完成を目指してるの」
「サバイバルガイド、ですか……」
「そう。でね、データが必要なのよ」
「データ……」
 なんのことだか、さっぱりわからない君は、オウム返しに答えるしかない。
「あなたは、すごく簡単なクエストを、いくつかこなしてくれればいいの。被爆地で三十分くらいぼうっとするとか、地雷原をスキップして進んでみるとか」
「お、おことわりしますっ!」
 ようやくラットローチを危なげなく狩れるようになったくらいの新入生に、この上級生はなにを求めているというのだろう?
 だが、よほど断られ慣れているのだろう。三奈子さまとやらは、君の拒絶に笑顔を返した。
「完成に協力してくれるのなら、報酬は弾むわ。例えば……汚染されてない食品」
 と、君の腹部を見つめる。
「本当ですか!?」
 言ってから、しまった、と思った。
 三奈子さまの笑みが、ピエロのように吊り上がる。
「書きかけのがあるから、少し読んでみるといいわ。あなたは、この『サバイバルガイド』のいしずえになれる。英雄として、後輩たちにいつまでも語り継がれるのよ。さあ、ページを開いて……」

 ごきげんよう。
 『フォール・アウト・ガール』の世界へようこそ!
 既存の文明は、なんらかの原因で滅亡しました。
 もちろん、リリアン女学園も、その例外ではありません。。
 しかし──。
 温室培養されたお嬢さまといえど、なかなかたくましいもので、元気にやっているようですよ。

 焼けこげたコンクリート、窓枠の外には荒れ果てた大地が広がっている。緑のない、ごつごつした岩肌、ひび割れたうす茶色の平地に、水たまりと思しき灰色が染みのように点在している。私立リリアン女学園校舎跡。ここが私達、山百合会の根拠地だ。地雷やグレネード、ショットガンでこしらえたしょっぱい罠、少女達の握る安物のアサルトライフルに守られた、少女の園。核戦争から二百年たった今、伝統あるお嬢様学校の面影は最早無い。地下のシェルターに保存されていた制服だけは、着るものの無い私達によって受け継がれているのだけれど。夜闇に紛れる深緑は、野戦服として案外具合が良いようだ。リリアンの制服を見るだけで、ここらのロクデナシは震え上がる。私達がやっていることを考えれば当然だ。私達の足下にはおびただしい血が流れている。私には止められない。ただ、馬鹿みたいに死体を眺めているだけだ。血に怯え、足はすくみ、それでも山百合会の看板を背負ったままで。敵の死体、仲間の死体。私は時々、酷く惨めな気分になる。殺したくない。殺させたくない。ましてや。仲間に死なれるのなんか、絶対嫌だ。そんな言い分が通るような、時代でも場所でも無いと知っているのだけれど。
 先輩とすれ違う時は、きちんと「ごきげんよう」とお辞儀をしましょう。
 もし怠れば、あなたの命の保証はできません。

 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、防弾チョッキはできるだけ目立たないように、罠に警戒してゆっくり歩くのがここでのたしなみ。

 武器の手入れはもちろんのこと、タイをきちっと整える練習をしておきましょう。
 あのジェームズ・ボンドだって、水中でもタイを整えられたのですから。

 臆病になるに越したことはありませんが、及び腰になっていては、いつまで経っても妹(プティ・スール)はできません。
 まずは、相手に姉(グラン・スール)がいないことを確認したら、ダメ元でロザリオを渡してみましょう。
 もし受け取ってもらえれば、無事妹の誕生です。妹は姉に忠誠を誓います。信頼できる強い味方になってくれるでしょう。
 では、受け取ってもらえなかったら、どうすればいいでしょうか?
 まずは自分の身の安全を確保しましょう。その上で、相手が敵か味方かを判断することが大切です。
 敵であれば、容赦することはありません。災いの芽は早めに摘み取ってしまいましょう。



 生きるということは、誰かを、なにかを殺すことだ。
 動植物の命を奪わなければ、生きていけない。
 単純な事実だが、死が隠蔽された『文明社会』が滅びて初めて、菜々はその『事実』を知ることができたのだ。
 ならば。
 核が落ちて、誰かが救われたのだろうか。
 仮に百万人死んだのだとしたら、百万人の命が救われたのだろうか。

 歩く。
 歩く。
 歩く。

 では──よい学園生活を!
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