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Morning Bell 佐藤聖は、目を覚ました。 頭が重い。 飲みすぎたのだ。 手を伸ばし、隣に眠っているはずの『恋人』の姿を探す。 その手は空を切るばかりだ。 「ユミ……?」 聖は、『恋人』の名前を、そっと呼んだ。 眠気に負けそうなまぶたを、無理矢理開ける。 ユミは、アーリィタイムズの空瓶と一緒に、ベッドの下でぐったりしていた。 「うひゃー……」 ユミの首根っこをつかみ、ベッドに引きずり上げる。寝ている間に、蹴飛ばしでもしたのだろう。 ユミはぬいぐるみだったので、どんなにぞんざいに扱われても、文句も不平も言わなかった。 大きなパンダのぬいぐるみだ。 買ったのは、大学に入ってから半年ばかりが過ぎた夏のことだ。 抱きまくらが欲しくて、友人の加東景とショッピングに出かけた。 だが、地上には、太陽が容赦なく照りつけ、コンクリートの輻射熱でうだるような暑さだった。 あとでニュースを見たら、一年で一番暑い日だったらしい。 ふたりは売場に向かう途中でへばってしまい、たまたま通りかかったぬいぐるみの店に避難した。 そこで、このパンダと出会ったというわけだ。 「これ、あの子に似てるね」 景はパンダの腹をつつきながら、くすくすと笑った。 「どの子?」 「ほら、弓子さんのところに……」 「ああ、祐巳ちゃん」 いつもきょとんとした間抜け顔。 確かに、似てると言えなくもなかった。 「よし、この子にしよう」 「抱きまくら?」 「うん。あの子、抱き心地いいから。きっとこの子も抱き心地がいいに違いない」 だから、このパンダの名前もユミだった。 ぎゅっと抱きつく。 ふかふかして、気持ちいい。 目を閉じると、祐巳の姿が甦る。 「ユミ……」 返事はない。 ぬいぐるみだから、当たり前だ。 喉がからからだった。 体内のアセトアルデヒド脱水素酵素ががんばってくれたのだろう。 目をつむったまま、ベッドの外へ手を伸ばし、エビアンのペットボトルを探し当てる。 ウイスキーのチェイサーに買ってきたものだ。 一口飲むと、水分が体のすみずみまで染み渡る。 大学に入って、ずいぶんと酒を覚えてしまった。 本当は高等部の、特に一年の頃、親の目を盗んでちょこちょこ飲んでいたのだが、味などわからなかった。ただ反抗したかっただけだったのだ。 酒は、栞と会ってから、やめた。 栞と愛し合っていた。 セックスこそしなかったものの、何遍もキスした。あのまま会っていたら、時間の問題だったろう。 栞がいなくなっても、酒をやることはなかった。 自分のことを同性愛者だと考える反面で、いったんリリアンから離れたなら、適当な男と出会って、普通にセックスして、結婚して、適当に主婦になるような気がした。 久保栞との出会いは、リリアンにおいてのみ成立した幻想なのだ、と。 閉鎖的なリリアンを忌み嫌った自分が、一番リリアンに依存していたのだ。 気づいたあの日から、聖は、「怖い人」をやめた。 いまでは、酒の味がわかってしまった。 アル中になる人間なんてバカだ、とあざ笑っていたあの頃がなつかしい。 昨日も、ずいぶん飲んだ。 合コンに誘われた。 女子大に幻想を抱いているような、おめでたい男たちと酒を飲んだ。 案の定、男たちは、リリアンに対しても幻想を抱いていた。 リリアン女学園、ここは乙女の園。 聖は二重の幻想にさらされたのだ。 一気飲み、酒の席での「ゲーム」、男と女の駆け引き。 聖は声を上げて笑ってしまった。 なんと滑稽なのだ。 定形化されたやりとりがなければ、恋人同士は出会えないのか。 男たちも、女子大の見知らぬ同級生たちも、唖然として聖を見つめた。 彼らの顔がみんな同じに見えて、聖は発狂したようにけたたましく笑うと、席を立った。 笑い上戸だと判断したのか、男のひとりがついてきた。 聖のことをちらちら見ていたような気がする。 ボディガードのつもりらしかったが、気があることは確実だった。 「佐藤さんのこと、ちょっといいなって思ってたんだ」 「あんた、私のことが好きなの」 男はうなずいた。 「私、女にしか興味ないの。レズなんだ。加東って子いたでしょ。あれ、私の恋人」 言い終えるなり、聖はまた笑い出した。 バカにされたと思ったのか、男は背を向け、飲み会に戻っていった。 くだらない。 なにもかもくだらない。 愛し合っていたなんて嘘だ。 結局、自分しか愛してないのかもしれない、と聖は思った。 でも。 目をつむると、彼女の姿が浮かんでくる。 あどけない笑顔。 なぜ、思い出すのだろう。 ぬいぐるみの名前のせいか。 聖は、片手でユミの頭をつかむと、放り投げた。 ユミの体はタンスに打ちつけられ、その場にくずおれた。 |