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Watching the Detectives



「由乃っ!」
 妹(プティ・スール)の名を呼びながら、ビスケットの扉を勢いよく開けた。
 もう冬も近いというのに、走ってきたため、制服は汗みずくだ。
 由乃は、机に突っ伏していた。
 肩がわずかに上下に動くことで、自分が生きていることをアピールしている。
 だが、その呼吸は苦しげだ。
 汗が飛び散るのも気づかず、令は由乃に駆け寄った。
「大丈夫、由乃!?」
「へ……いきよ、令ちゃん。だいぶ、落ち着いた」
「祐巳さんに聞いたの?」
「うん。祐巳ちゃん、とっても心配してたよ」
「大丈夫だよ。祐巳さんったら大げさ」
 言葉とは裏腹に、由乃は憔悴しきっていた。
 痛々しい。
 苦しんでいる由乃の姿を見る度に、令の胸も、締めつけられるように痛む。
「私は、もう大丈夫だから」
 由乃は繰り返した。
「ちゃんと手術したんだから」
 令だって、頭ではわかっていた。
 だが令は、由乃のことを、物心ついた時から見てきた。
 胸を押さえ、目の前で倒れることもしばしばだった。
 いまではそんなことがないとは思えど、それでも、過剰に反応してしまうのだ。
 どうして自分は、こんなに弱いのか。
 由乃の痛みを、我が事のように感じてしまうのか。
「だから、令ちゃんも、大丈夫なんだよ」
 由乃の手が、令の頬に伸びた。
 透き通るような、白く、かぼそい手。
 ひんやりと冷たい。
「そうか、大丈夫なんだよね」
「うん、大丈夫」
 ふたりは、「大丈夫」と、バカみたいに何遍も言い合った。
 一年前の、あの頃のようなことはないんだと、お互いに、自分自身に言い聞かせるために。
 ふたりは去年、『リリアンかわら版』の『ベストスール賞』に選ばれていた。
 由乃が令にロザリオを投げつけ、一方的に姉妹を解消したのは、その直後だった。
 一週間ばかりで元の鞘に納まることができたけれど、あの期間は令にとって、いろんなことを考えさせられた。
 学内新聞の記事なんて、令は気にしていないつもりだった。
 でも、もしかしたらどこかで、『ベストスール』という言葉に甘えていたのかもしれない。
 いまも、仲のよさには違いないが、令は意識的に距離を置くことにしていた。
 受験もある。
 由乃の剣道部のこともあるし、妹候補のこともある。
 それに、距離を置いていた方が、見えるものもある。
「……ねえ」
「なに?」
「祐巳さん、なにか言ってた?」
「ううん。なにかあったの?」
「……なにも」
「そう」
 由乃のことなら、なんでもわかる。
 間違いなく、祐巳ちゃんと、なにかあったのだ。
 しかし令は、それ以上尋ねなかった。
「忘れてるかもしれないけれど、私は、由乃の姉(グラン・スール)なんだからね。言いたいことがあったら、なんでも言っていいのよ」
「忘れてなんてないよ」
「私は、由乃と支え合って生きたいんだ」
 由乃の手が、令の頬の上で、びくりと震えた。
「由乃? どうしたの?」
「令ちゃんがそんなこと言ってくれたの、初めてだ」
「どんなこと?」
「『支え合って』だなんて」
「そうだっけ」
「私のことを、支えてくれるばかりだったもの」
 由乃は、うれしそうに笑った。
 ……ああ、そうか。
 由乃のことが『なんでもわかる』だなんて、嘘だった。
 いまやっと、由乃の求めている関係がなにか、令ははっきりと知ることができたのだから。
 対等な関係。
 支え合える関係。
 令は、なんでもできた。
 学業全般をそつなくこなし、運動神経は抜群、料理や裁縫までできた。
 反対に由乃は、令に較べて、あらゆる面が劣っていたと言ってよかった。
 虚弱で、休みがちだったこともあり、学校の成績は芳しくなかった。
 不器用だったから、家事もろくにできない。
 だから令は、由乃を支えようと考えた。
 由乃の足りないところを補ってあげようと思った。
 そこに、対等さは存在しなかったのだ。
 令は、何年も昔のことを思い出した。
 由乃が倒れ、令が不安に打ち震えていた時、父が、そのごつごつした手で、令の手を握ってくれたことがあった。
 父は、なぐさめの言葉などかけなかった。
 ただ、手を握って、令と一緒に、由乃の身を心配してくれた。
「由乃」
 令の手が、由乃の手に重ねられる。
「側にいるからね」
「ありがとう、令ちゃん」
 ふたりは、ほほえみ合った。



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