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Can't Stand It



 三十三間堂の千手観音像を一目見ただけで、妹(プティ・スール)の乃梨子が、自分をここに連れてきたいと言った理由がわかった。
 黄金色に輝く三メートルの巨体から、数十本もの腕が生えている。
 柔和な笑みを浮かべ、蓮の花の上にどっしりと座っている。
 荘厳にして華麗。
 形は違えど、豪奢な装飾を好むカトリックと相通ずるものを感じる。
 さらに、千手観音像の両脇では、等身大の千手観音たちが、ずらりと並んでいる。
「すごい」
 思わず、感嘆の言葉が漏れた。
「志摩子さんに見せたかったんだ」
 と、乃梨子が言った。
「きっと、わかってくれるって思ったから」
 誰が作者だとか、そういった難しいことはわからない。
 それでも、目の前にそびえる、圧倒されんばかりの『美』は、本物だった。
 ふたりは並んで、千手観音の座像を見つめ続けた。

 乃梨子によれば、座像の横の千手観音像は、千体に及ぶらしい。
「この千体のどこかに、自分が会いたい人とそっくりな像があるんだって」
「おもしろいわね。ドッペルゲンガーみたい」
 ふたりは、左右に別れ、『会いたい人』を求め歩いた。
 乃梨子は左に、志摩子は右に。
 夏休みの昼間だというのに、ふたり以外は誰もおらず、がらんとしていた。
 ひんやりとした風が、廊下の向こうから漂ってくる。
 志摩子の左手では、五百体がずらりと、きれいに列を作って並んでいた。
 顔をひとつひとつ眺めていく。
 この中に、私の会いたい人がいるのか。
 おそらく、根も葉もない言い伝えなのだろうけど。
 せっかく来たのだ。
 探さないより、探した方がおもしろいだろう。
 志摩子は歩いた。
 振り返ると、乃梨子の姿が、遠く、米粒くらいに小さく見える。
 そういえば、乃梨子は、誰を探しているのだろう。
 私はここにいるのだから、私を探す必要はあるまい。
 ならば、誰だ。
 友だちだろうか。
 すると志摩子は、観音像の中から、松平瞳子とそっくりの像を見出した。
「ごきげんよう、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)」
 手が数十本もある瞳子が、スカートではなく仏衣の端をつまみ、貴族の令嬢のように、優雅におじぎをした。
「ごきげんよう。乃梨子が探していたわよ」
 と、志摩子は言った。
「いいえ」
 瞳子は首を振った。
「乃梨子は、瞳子のことなど探しておりませんわ。瞳子を探しているのは、白薔薇さまご自身です」
「なぜ、私が探さなければならないのかしら」
「それは、白薔薇さまが嫉妬深いからですわ」
 瞳子が、複数ある手の一本で、隣の観音像を示した。祐巳にそっくりだった。
 その後ろから、数十本の手が差し伸べられ、祐巳を抱きすくめた。
「ゆーみちゃんっ」
「ぎゃう!」
「うーん、いい抱き心地。やっぱり腕の数が多いと違うね」
 祐巳を抱くのは、佐藤聖。
 志摩子の姉(グラン・スール)だ。
「ごきげんよう、お姉さま、祐巳さん」
 志摩子は、観音像に向かって、律儀に挨拶した。
 しかし、祐巳も聖も、志摩子のことなど気にも留めなかった。
「や……やめてください、白薔薇さまぁっ。みんなが見てます……」
「ギャラリーが多いほど燃えるんだな〜。うりうり」
「もーっ!」
 祐巳はいやがっていない。いつものような、形だけの抵抗だ。
 志摩子は、笑顔を作った。
「やめてくださいませ、白薔薇さま」
 そう言ったのは瞳子だ。
「その、あからさまに作ったような笑顔。演劇でもなさっているつもり? 吐き気がするほど醜いですわ」
「そんな……」
 志摩子が首を振っても、瞳子は構わず続ける。
「『違う』とおっしゃいますの? やめてくださいませ。自分が美人だということを気に留めていないと言いながら、内心ではそれを誇り、武器として利用する、その笑顔。でも、ご存じかしら。どんな美人だろうと、皮膚を一枚剥がせば、筋肉と神経が剥き出しになるのだということを」
 瞳子は、すべての拳を握り、親指で自分の顔を示した。
「嫉妬しているのでしょう? この、松平瞳子に」
 それから、すべての手のひらを天に向けると、ハリウッド映画の登場人物がよくやるように、大げさに肩をすくめてみせる。
「バカみたい。乃梨子から聞きませんでした? 『キスしていたのは誤解だ』って。でも、白薔薇さまらしいですわ。誤解のキスに嫉妬だなんて、まるで古くさい少女小説の主人公のよう」
「やめて!」
「あっははは」
 瞳子は、手でしなを作って笑った。
「罪のない者こそが、姦淫した女を石で打てるのですわ。さあ、石を投げつけてください。そして」

 志摩子は、その場にくずおれた。
 ひんやりとした床の感触が、心地よかった。
 海を漂っているかのよう。

 すぐに、海の中から引き上げられた。
「志摩子さん、大丈夫!?」
 乃梨子は、志摩子の上半身を抱え起こした。
「気分でも悪くなったの?」
 乃梨子の目には、涙までにじんでいる。
 こんな私なんかのために。
 どうして。
 志摩子は、乃梨子の胸に、顔をうずめた。
「し……志摩子さん?」
「こんなところは、いや」
「ごめんなさい。私がこんなところに連れてこなければ……」
「だって、この中に、乃梨子はいないわ」
「え……?」
 とまどったような声が聞こえる。
「どこにも行かないで」
 志摩子は、顔をうずめたまま、言った。
「どこにも」
 乃梨子からの答えは、なかった。



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