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Morning Bell(Amnesiac) 大学に入り、初めて体験した合コンの日のことだ。 聖は、途中で席を立ち、そのまま姿を消した。 口先だけの相手への興味、『ゲーム』と称する滑稽な連帯感の持ち方。 欲望剥き出しの男女たちとのやりとりが、面倒だったからだ。 「欲望剥き出し」という捉え方自体が、聖のゆがんだ人生観なのかもしれなかった。 そうした自分の主観に対しても、もはや面倒に思えたのだ。 駅まで送るよ、と、男がわざわざついてきた。 下心があったのか、それとも本当に心配してくれたのかわからない。 だが、聖は、面倒だったから、自分がレズビアンであることを告白して、追い払った。 どうせ信じちゃいないだろう。 この世界には、滑稽なことばかりだ。 心残りといえば、わざわざ誘ってくれた友人、加東景の立場を悪くしてしまったであろうことだ。 景は、しっかり者で、蓉子ほどではないが世話焼きな方だった。 積極的に友人を作らない聖には、蓉子や景のような人間としかつき合えないのだろう。 合コンの翌日、大学の教室で会っても、景は、聖を問い詰めなかった。 ただ、「飲みすぎたなら、しょうがない」とだけ言った。 「むしろ、悪かったのは私の方。そんなに強くないのに、お酒飲ませちゃって」 「あー、いや、そういうわけじゃないんだけど……」 「いやなら、ウーロン茶でいいんだから」 「ほら……ついタダだって思うと、高いの飲みたくなるじゃん」 景の話を聞いていると、自分がいかに社会不適格者であるかを思い知らされる。 だから、つい、景の論理に乗ってしまった。 そうだ、なにもかも、アルコールのせいにしてしまえばいいんだ。 学園祭が終わった頃になって、まさか、二回目の合コンのお誘いが来るとは思っていなかった。 どうも景は、女子校暮らしだった聖のことを案じているようだった。 実に『いい奴』だ、と聖は思った。 もしかしたら、蓉子以上の世話焼きかもしれない。 つき合いは大事にしなければならない。 薔薇の館で手に入れた、友情に満ちた数ヶ月間は、心地いいものだった。 聖は、合コンの誘いに乗ることにした。 当初、男女比は一対一で計算されていたようだが、当日になって、男がふたり、急用で来られなくなった。 武蔵野駅近くにある、小綺麗なチェーン店の飲み屋に、男が四人、女は聖を含め六人集まった。 男と会話するのは、男を作りたい奴にまかせればいい。 女の数が多いのを幸いとばかりに、聖は影となって、酒を飲みまくった。 全部、アルコールのせいにしてしまえばいい。 気がつくと、男女がひとりずつ消えていた。 なるほど、こういうものか。 体は酔っていても、頭は醒めきっていた。 隅っこで、ショートカットのおとなしそうな子が、ひとりウーロン茶を飲み続けていた。 聖は、ウイスキーのグラスを片手に、隣に移動した。 ショートカットの子は、聖の顔を見ると、びくりと体をこわばらせた。 「混ざらないの?」 と聖は尋ねた。 「苦手なんです」 ショートカットの子は、ぼそぼそと答えた。 「なにが?」 「知らない人が」 「私もそうだよ」 「そんな風には見えません」 「なんで」 「『紅薔薇のつぼみの妹(ロサ・キネンシス・アンブゥトン・プティスール)』と、仲良さそうにしてましたから」 聖は、息を呑んだ。 目の前のショートカットの子が、元リリアン生徒だということもさることながら、暗号のような長ったらしい『称号』を、こんな飲み屋で耳にするとは思ってもいなかったのだ。 なるほど、『温室培養の子羊』というわけか。 「でも、祐巳ちゃんと仲良くしてたからって、『知らない人が苦手じゃない』ってことにはならないと思うけど」 「ロサ……いえ、聖さまの印象です」 「『印象』? どんな?」 「物怖じしない、っていう印象がありました」 「あはは、それは、いつだってやけっぱちなだけだよ」 ショートカットの子は、自己紹介を始めた。 文芸部に所属し、その縁で合コンに誘われたこと。 昔はロングヘアだったのだが、高校二年の冬にショートカットにしたこと。その理由は、失恋でもなんでもなく、『白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)』――つまり佐藤聖にあこがれていたから。 この飲み会に来ることを決断したのも、聖が出席すると聞いたためだという。 だが、いざ同席してみれば、昨年までと同様、『薔薇さま』のイメージに対し萎縮してしまったのだと、恥ずかしそうに告白した。 「ずっとあこがれてました。私が、聖さまの妹(プティ・スール)になれたなら、どんなにいいかって」 「学年一緒だからねー」 「はい。だから、生徒会選挙に立候補しようかとも思いました」 「出てたっけ?」 「いえ。きっと、江利子さまや蓉子さまには勝てないと思って」 「私になら勝てた?」 「い、いえ」 ショートカットの子は、ウーロン茶のグラスを両手に抱えたままうつむいた。 「かわいいなあ」 「えっ」 「かわいい、って言ったの」 今度は顔を真っ赤にする。 聖は、グラスの中のウイスキーを一息に飲み干した。 それから、ショートカットの子の手から、そっとウーロン茶を取り上げると、手を握りしめた。 「行こうか」 「え……あ」 ショートカットの子がなにか言いたげなのを無視して、聖は、かたわらの景を呼び止めた。 「この子、具合悪いみたいだから、送ってくね」 「あなたにしては気がまわるわね。お願いね」 ショートカットの子は、リリアン女学園に程近いマンションで、一人暮らしをしていた。 部屋は、ジャンル問わず、大量の小説で、文字通り『埋まって』いた。 床だろうがテーブルだろうが、あらゆる場所に小説が積み重ねてある。置いてない場所といえば、台所とバスルームと、ベッドの上くらいのものだ。 「うひゃあ」 聖の口から、思わず声が漏れた。 「すみません、こんな汚い部屋に、ロサ……」 聖は、ショートカットの子の唇に、人差し指を押し当てた。 「その呼び方は、やめて」 「あ、す、すみません」 「謝りすぎ」 「すみません」 ふたりは目を合わせ、ぷっと吹き出した。 上等そうなソファーも、小説に占拠されていた。 座って読むためか、ひとり分のスペースは空いている。 「どうぞ、おかけください」 ショートカットの子は、もう十月も終わりだというのに、よく冷えた麦茶をお盆に載せて持ってきた。 お盆をテーブルの、ハードカバーの小説の上に置くと、ソファーに自分の座るスペースを確保しようと、本をどけ始めた。 「ねえ」 と、聖は、本をどけている手をつかんだ。 「あっ」 そのまま、ショートカットの子を、自分の膝の上に引き寄せた。 「こうすれば、掃除は必要ないんじゃないかな」 聖は、相手の唇に、唇を寄せた。 アルコールがあれば、怖いものなどない。 拒絶されたら、夢ということにすればいい。 ショートカットの子は、拒絶しなかった。 ふたりがつき合っている間、聖は、小説をたくさん教えてもらった。 おもしろかったのは、南米の作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』だった。 ブエンディーア一族によって築かれ、衰亡していくマコンドという架空の町を描いた作品だ。 マルケスの作品では、真実と虚偽の区別が曖昧なまま物語が進んでいく。『百年の孤独』は、その最たるものだった。 中でも、印象的なエピソードは、小町娘レメディオスの昇天である。 自分の美貌を自覚しないため、レメディオスは、周囲の男たちを次々不幸に陥れていく。 ある日、彼女は、 「こんなに気分がいいのは初めて」 こうつぶやくと、民衆の目の前で、ふわりと空へ昇っていってしまい、以来、二度と姿を現さなかった。 驚くべきことに、このエピソードは、ラテンアメリカで『実際に起きた事件』を元にしたという。 「ラテンアメリカに行けば、昇天できるのかなあ」 そう聖が漏らすと、ショートカットの少女は、絶対に南米に行かないでください、とすがりついた。私から離れないで、と。 聖は、そんな彼女がかわいくて、キスの雨を降らせた。 ふたりの関係は、二ヶ月くらい続いた。 ショートカットの少女は、その二ヶ月で見違えるほどきれいになり、ショートカットじゃなくなっていた。 別れ話を切り出したのは、彼女の方だった。 いろいろと理由を並べ立てていたが、結局は、男ができたのだった。 ロサなんとかという暗号文の効力が切れたのだ。 聖は、笑って彼女のマンションを出た。 雪が降っていた。 どこからか、ジングルベルの鐘の音が聞こえる。 「ああ」 今日は、クリスマスイヴだったのか。 なにもかも、アルコールのせいにすればいい。 レメディオスのように、消えてしまいたかった。 Aug.28.2007 コタニ
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