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前編 Raindrops Keep Fallin' On My Head(後編) 7. 乃梨子は、二重の関係を楽しんでいた。 姉妹(スール)としての昼間と、恋人同士としての夜。 翌年になり、乃梨子は妹(プティ・スール)を作ると、昼の間は妹と一緒にいるようになった。 乃梨子は時々、小寓寺に『お泊まり』するようになった。 菫子も、乃梨子の両親も、ふたりの関係を疑わなかった。 あるいは、気づいていて、故意に見過ごしたのかもしれない。 ふたりは、裸で抱き合いながら眠った。 一緒に眠っていても、志摩子が夜中におびえて目を覚ます頻度は減っていった。 「だって、こうして、乃梨子のぬくもりを感じられるもの。怖いことなんてない」 眠りに落ちる直前、志摩子はそう言った。 二〇〇一年に、志摩子がリリアン女子大へと進学してからも、ふたりの関係は続いた。 関係が終わるどころか、昼間に顔を合わさないが故に、より親密さを増していった。 志摩子は神学科へ進んだ。 乃梨子は、妹や、瞳子たち友人と良好な関係を築いていたが、心はいつも、志摩子と共にあった。 いつしか、志摩子を失った時のことを考えるようになった。 これほど志摩子のことを考えている自分が、怖くもあった。 その年の、秋口のことだった。 アメリカはニューヨーク、貿易センタービルに、二機の飛行機が突っ込み、大勢の人間が死んだ。 後に『9.11』と称されるようになる、アル・カイダによるテロ行為だった。 世界はテロの恐怖に包まれたが、日本はいたって平和だった。 志摩子は、イスラム教について調べるようになった。 なぜ大勢の人間が殺されたのか、志摩子にはわからなかったのだ。 乃梨子も、そんな理由は知らなかったが、知らなくてもいいことだと思った。 自分のまわりの世界には、関係がないのだから。 志摩子が、夜中に目を覚ます頻度が、また増えた。 8. やがて乃梨子も、リリアン女子大の心理学科へ進んだ。 乃梨子が入学したのに併せて、ふたりは同棲することにした。 表面的な理由は、『親からの自立』だった。 ふたりの保護者たちは、やはり物わかりがよく、あっさりと了解してくれた。志摩子の母が若干心配していたようだが、父が説き伏せたらしい。別に、東京を離れるわけでもないし、乃梨子さんならしっかりしているから、大丈夫だろう、と。 ただ、菫子は、乃梨子に一言だけ忠告した。 「自立はわかったけど、リコは、依存しようとしているように見えるな」 「そんなこと……」 ない、とは言えなかった。 「悪いとは言ってないわ。気を許せる相手、心を許せる相手を見つけるというのは、人生において容易なことではないもの。そうした相手を見つけられて、しかも人生を共にできるというのなら、それ以上の幸せはないのかもしれない」 まるで、乃梨子が結婚でもするかのような口振りだった。 「リコは若いのだから、好きなだけ、好きなようにすればいい。うまくいくことを祈ってるわ」 志摩子との生活がうまくいかないと決めつけられているようにも聞こえた。 なにもかも見透かしてるような、上から見下ろしたような言い方に、乃梨子は内心腹が立ったが、言い返さなかった。 いままでお世話になったし、それに、経験論で話されれば、年齢において半世紀離れている乃梨子が勝てるわけがなかった。 そういう点において、乃梨子は、物わかりがいいところがあった。 同棲生活は、不思議なくらいにうまくいっていた。 ふたりとも、元々しっかりしていたし、食事の腕もそれなりだった。 互いを思いやる心もあった。 ただ、相変わらず、夜のことを昼に持ち込むことはしなかった。 志摩子は、ますますイスラム教にのめり込んでいるようだった。 「改宗でもするの」 乃梨子がからかうように言ったが、志摩子は真面目な顔で首を振った。 「目をそらしてはいけないことって、あると思うの」 「そんなものかな」 「私は、知りたいの。この世界で、なにが起きているか。自分の知らないところで、なにが起きているのかを」 生真面目すぎるのが、志摩子の長所でもあり短所でもある。 乃梨子はこの時、のんきに考えていた。 9. 二〇〇三年、イラクの独裁者フセインが、9.11の首謀者ビンラディンを匿っているとし、さらにイラクが大量破壊兵器の開発に携わっているという理由から、アメリカはイラクに侵攻した。イラク戦争である。 イラク戦争の理由に関しては、石油利権のためだとか、民主化のためだとか、諸説さまざまであるが、どの説も単独では理由として不十分である。 ただ言えることは、大量破壊兵器の証拠などなかったし、フセインがビンラディンを匿っていることも、アメリカのでっち上げだった。 電撃的な速さでイラク占領は完了したが、各地では武装組織によるテロが横行し、占領軍は手を焼いた。 兵隊の服を着ている人間を撃つことはできても、民間人の服を着ている兵隊を撃つことはできない。 疑心暗鬼に陥った米軍たちは、民間人と一緒に兵隊を撃ち殺し、結果、イラク政策が非難を浴びることになった。 当然ながら、これらすべてのことは、乃梨子の生活と関係がなかった。 だから翌年、志摩子から、中近東へ行くと告げられた時、文字通り言葉を失った。 初めて肉体関係になった夜と同じような、じめじめした夏の夜だった。 志摩子は、NGO団体の人々と共に、紛争地域などに赴いて、ボランティア活動をしたいのだ、と打ち明けた。 「この世界には、苦しんでいる人たちがたくさんいる。NGO団体の人たちと一緒に、不正に苦しめられている人を救いたいの」 キリスト教が半ば国教となっているアメリカの、熱心なクリスチャンであるブッシュ大統領によって苦しめられている人々がいる。 イラクは、その一例に過ぎない。 アルカイダだって、その行為自体は間違えていたが、彼らがあのような行動を起こさなければ、アラブ諸国にはびこる『不正』は、日本に知られることはなかったのだ。 ブッシュ大統領と志摩子では、プロテスタントとカソリックという宗派の違いはあるけれど、でも、同じクリスチャンとして、別のクリスチャンが侵した罪の償いをしなければならないのだ。 畳みかけるように言われ、呆然とするしかなかった。 「イラクに……行くの?」 「ううん、でも、ずっと考えていたのよ。祈るだけでは、主は願いをかなえてくれない、って。人間が努力してこそ、結果が伴うのだと思うの」 「いつ?」 「一週間後」 「は!?」 乃梨子は愕然とした。 「なんなの、志摩子さんの『願い』って?」 「世界の人々が、平和に暮らせること」 「無理に決まってるでしょ!」 乃梨子は叫んだ。 吼えるように。 「言ってる意味わかんないよ! なにそれ、平和って。意味わかんないよ!」 志摩子の言っていることは、乃梨子の体感と、決定的にずれていた。 理解できるわけがなかった。 「そうね、そうよね。私も、多分、自分で言ってることの半分くらいもわかってないわ。だからこそ、この目で、見に行きたいの」 「そんな、なんで、志摩子さんが」 志摩子は、悲しそうにほほえんだ。 「ダメだよ。行ったらダメ。私に一緒にいて欲しいなら、行かないで。神様に誓ったでしょ」 「ごめんなさい。約束を破ることだけが心残りなの」 乃梨子は、衝動的に、志摩子につかみかかった。 もつれ合い、フローリングの床に倒れる。 馬乗りになったまま、志摩子の首を絞めた。 「世界ってなによ。世界の人々ってなによ」 志摩子の顔が赤くなっていく。 「私は大事じゃないの。私は志摩子さんと一緒にいたいよ。志摩子さんは私のことが嫌いになっちゃったの。許さない」 顔の色が、赤から、青黒く変わっていった。 志摩子は、ぴくりとも抵抗しなかった。 「許さない」 乃梨子の腕から、ふっと力が抜けた。 志摩子は咳き込んだ。 首のまわりに、うっすら赤いあざが残った。 「意味わかんないよ。わかんない」 と、乃梨子はいやいやと首を振った。 「志摩子さんが行ったって、世の中は変わらないよ」 「罰なのよ」 「えっ?」 乃梨子は聞き返した。 「ねえ、乃梨子」 志摩子は、乃梨子の首に手をまわし、そっと抱き寄せた。 「どこにいたって、私たちは、いつも一緒よ」 そんなの、ごまかしじゃないか。 「死んじゃえ!」 乃梨子は、志摩子を突き飛ばすと、外に飛び出した。 エピローグ 志摩子はすでに、乃梨子以外の人間の了解を取りつけていた。 乃梨子が小寓寺を訪ねても、志摩子の両親は、悲しそうに首を振るだけだった。 パティシエの修行をしている志摩子の兄は、乃梨子と話そうともしなかった。ただ、うつむいて、菓子の材料と向き合っていた。 乃梨子は、とうとう、佐藤聖に電話した。 聖とは話したこともなかったが、志摩子の姉なのだから、きっとなにか言ってくれるだろう。 乃梨子は、聖に一部始終を話した。 「中東に? マジで? あははは」 聖は、けたけたと笑った。 「おもしろいじゃん。志摩子も笑いのツボがわかってきたね」 「笑い事じゃありません! 死ぬかもしれないんですよ」 「乃梨子ちゃん」 聖の声に、絶えず、くすくすという笑い声が混じっている。 「人間はいつか死ぬんだよ。なら、派手に死ななきゃ」 「もしかして」 乃梨子の直感に引っかかるものがあった。 というより、いつもの冷静な乃梨子だったなら、聖が電話口に出た時に気づいただろう。 「酔ってるんですか」 「うん! 飲んでるー」 また、くすくすという笑い。 「お楽しみのところを邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。失礼します」 乃梨子は電話を切った。 志摩子は、決心を変えなかった。 翌年の夏、小寓寺に、志摩子の訃報が届いた。 ナイジェリアで、反政府ゲリラが仕掛けた爆弾の爆発に巻き込まれたのだという。 石油の利益が現地に落ちず、セブン・シスターズと呼ばれる外国の巨大石油企業群に利益が流れる構造に対し、ナイジェリアなどの石油が採掘できる国々では、しばしば反政府ゲリラが活動していた。 衛生などでの支援スタッフとして向かった先で、運悪く死んでしまったのだ。 訃報の二週間後、志摩子の右腕だけが送り届けられた。 その手には、ロザリオが、しっかりと握られていた。 一連の事件は、日本でも、一週間くらいニュースになった。 その後、アテネ五輪が開催され、日本人選手がもたらした多くの金メダルと共に、お祭りムードの中忘れ去られていった。 |