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Brilliant Mistake 夕暮れの歩道を、ふたりの少女が歩いていた。 田沼ちさとと、島津由乃だ。 冬だったので、ふたりとも、コートとマフラーで身を固めていた。 バレンタインデートの帰りだった。 「しりとりしよ」 提案したのは、ちさとだった。 元はといえば、デート中、由乃が「動物園に行きたい」と騒ぎ出したのが原因だった。 おかげで、帰りの電車賃に、十円だけ足りなくなったのだ。 ふたりは、さんざん論じ合った結果、歩いて帰るという選択肢を取った。 K駅からは、十以上のバス停を越えなければならず、歩けば、おそらく一時間くらいかかるだろう。 たった一年ではあるが、剣道部員として真面目に修練を積んでいるちさとならともかく、元々体が弱く、初等部から通して、体育の授業も数えるほどしか受けていない由乃では、歩くだけでも疲れてしまうだろう。 少しでも気を紛れさせてやるべきだろう、そう考えたのだった。 しかし由乃は、ちさとの気持ちを知ってか知らずか、 「なにも考えたくない……」 弱音を吐いた。 まだ十分も歩いていないはずだが、由乃は肩を落とし、背を丸め、足下を見ながら歩いていた。 『血みどろ屋敷の経文』の天本英世に見えなくもない。 ふたりは昼間、なりゆきで、映画館で新作のホラー映画を観ることになった。それが、『血みどろ屋敷の経文』だった。 正直言って、内容はよく覚えていない。 由乃も同じだろう。 天本英世が血まみれ姿でまさかりを振り回していたことくらいだ。 思い出したら、気分が悪くなってきた。 気持ちを奮い立たせるために、ちさとは声を張り上げた。 「『しりとり』の『り』から行くよ! り……ええと」 「待った」 由乃が、上半身をむくりと起こす。この仕草も、先の映画にそっくりだ。わざと真似しているのだろうか、とちさとは怪しんだ。 「『尻啖え孫市(しりくらえまごいち)』の『ち』からいくよ」 「はあ?」 「しりとりする時は、いつもこれで始めてるの。ちなみに司馬遼太郎の小説ね」 と、由乃は、胸を張って言った。 令さまも、ずいぶん苦労なされているようだ。 気を取り直し、ちさとは考えた。 「じゃあ、『ち』……ね。『血みどろ屋敷の経文』……だと終わっちゃうから、えーと」 「思い出させないでよ」 由乃が、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。 「『ち』……『チャイルド・プレイ』」 「『池田大助捕物日記』」 「『き』? 『吸血鬼ノスフェラトゥ』」 「『トゥ』じゃ無理よ。ってか、さっきからなによ! ホラー映画ばっかじゃないの!」 「え、だって……好きだし」 「あんなに怖がってたのに?」 「バカね」 ちさとは笑った。 「怖くなきゃ、おもしろくないでしょ」 「でも昼間、あんなにいやがってたじゃない」 「それは……」 由乃に弱味を見せたくなかったのだ、だなんて、言えるわけがない。 「『う』でいいわよ」 「えーと、『腕におぼえあり』」 「『リング』! 山! 貞!」 「『軍兵衛目安箱』」 「『ゴースト血のシャワー』。あ、次『わ』で」 「『若さま侍捕物帳』。ちなみに田村正和」 「『う』……『ヴァンパイア』」 「ちょっと待って」 由乃が立ち止まった。 「どうしたの? 限界?」 「『ヴァンパイア』って普通、『ば』じゃない?」 「え、でも、日本語表記だと『ヴァ』よ。下唇を噛みながら『ヴ』の発音」 「『スペース・バンパイア』は『ば』じゃない!」 そんな映画、よくご存じで。ちさとは感心しながらも反論した。 「そんなの関係ないよ。邦題に従ってるだけだし」 「『ヴァンパイア』は『ば』なの!」 なんだなんだ。 ちさとはとまどった。 由乃が頬をふくらませ、両腕を振り上げている。 由乃ほどの美少女だからこそ、絵になるゴネ方だ。 この子は、しりとりになにをむきになっているのか。 令さま目当てで遠くから見ていた頃は、ちさとは、由乃のことを『深窓の令嬢』だと思っていた。 剣道部の部活や、先ほどのデートを通じ、まったくの思い込みだということもわかった。 しかし、デート中、けったいな言動が目立つ気がしたが、さすがにちさとの想像を超えた。 別に『宇宙人東京に現わる』を出してもいいのだが、ここまでむきになられると、引き下がる気にもなれなかった。 自分でも、なぜ、ホラー縛りでしりとりをしているのかはわからなかったが。 「だーめ。『ヴァンパイア』って、しっかり書いてあるんだから」 「『ば』よ!」 「『ヴァ』!」 「『ば』!」 「『ヴァ』!」 ふたりを、バスが追い抜いていく。 ……なにやってるんだか。 ちさとは苦笑し、ひとつ提案することにした。 「ねえ、由乃さん……」 令は、自分の部屋で、ごろんと寝転がりながら本を読んでいた。 だぶだぶのトレーナー上下だ。 由乃ならいざ知らず、他人に見せられるものではない。 本は、コスモス文庫の恋愛小説だ。 読みながらも、心はどこかで、由乃を気に懸けていた。 自分の知らないところで、由乃がちさととデートしている。 気にはなっていたが、気にしてもしょうがない。 由乃は、もう、自分から離れる時なのだ。 だから令は、リリアン以外の場所を受けてきたのではないか。 もやもやが頭から離れない。 ぴんぽーん。 物思いを打ち払うかのように、支倉家のドアホンが鳴らされた。 「由乃ちゃんよー」 母が呼んでいる。 「はーい」 令は、ぼさぼさの髪のまま、玄関に向かった。 いまさら取り繕うものもない。 何気なくドアを開けると、そこには由乃だけでなく、ちさとまでいた。 「な、な、ななな」 「令ちゃん!」 「令さま!」 うろたえる令をよそに、ふたりは令にむしゃぶりついた。 「は、はい! なんでしょう!」 思わず丁寧語になる。 「『ヴァンパイア』の頭文字って、『ば』と『ヴァ』のどちらでしょう!?」 「『ば』よね?」 「邦題では『ヴァ』なんですよ!」 「……は?」 令は、呆然とする以外になかった。 |