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We Are The Sleepyheads プロローグ 四時間目の授業が終わると、ばらばらと教室から人が消えていく。 祐巳も席を立つと、ちさとさんと一緒に学食へと向かった。 このふたりに、由乃さんを合わせた三人は、リリアン女子大の、歴史社会学科に通っていた。高等部時代風に言えば『クラスメイト』だ。 祐巳は、お姉さまや聖さまと同じ英米文学科に通いたかったのだが、由乃さんに押し切られる形で、進路を変更することになった。 とはいえ、英米文学科なんて英語が大変そうなところ行っても、追いつくのに精一杯になりそうだったから、『友情』を口実に避けることができ、内心ありがたくもあったのだけど。 1. 食堂に入るなり、ちさとさんが、カウンターから離れたテーブルのひとつを指さした。 「あれ、由乃だよね」 確かに、由乃さんが、自慢のロングヘアをばらりとこぼれさせ、食堂のテーブルに突っ伏していた。 遠くからだと、岩場に打ち上げられたタコに見える。 「おーい、由乃さん」 「ういー」 よかった、返事があった。 祐巳は胸をなで下ろすと、由乃さんに駆け寄った。 いつかのように、胸の病気が再発したのかと思ったのだ。 ちさとさんも同じ気持ちだったらしい。剣道部の最中に、一度、熱を出したことがあったそうだ。 手術をしてから四年になるけれど、まだ怖いものがある。 「どったの、由乃」 「ういー」 ちさとさんの問いに、いかにもやる気のなさそうな声が返る。 「ヨッシー」 「ウィッゴー」 気だるそうながらも、由乃さんは律儀に、『スーパーマリオワールド』に出てくる恐竜ヨッシーの鳴き声を返した。ゲームボーイでリメイクされたらしく、ふたりともハマっているのだとか。 ともかく、熱を出しているわけではないらしい。 「どうしたの、由乃さん。元気ないじゃない」 祐巳は明るく尋ねた。 「もー、まいった」 「なにが」 「菜々にボコボコにされた」 「剣道で?」 「剣道だけならまだしも、『マリオカート』でも負けた。あーもー!」 由乃さんは、大学に入っても剣道を続けてはいたが、高等部まで数えるほどしか体育の授業を受けてこなかったため、基礎体力の面から、ずいぶんと苦労しているらしい。 対して、めきめきと実力を上げているのが、ちさとさんだった。 いまでは、二年前の、令さまが高三だった頃くらいは打てるそうだ。 いつか追い越してやる、と息巻いていたっけ。 由乃さんの妹(プティ・スール)だった有馬菜々ちゃんも、元々剣道をやっていたからだろう、由乃さんなんかと較べ物にならないほどうまいのが、素人の祐巳から見てもわかった。 「だからいま、絶縁状態」 「は!?」 ちさとさんが大げさに驚いてみせた。 「『勝負の世界に私情は禁物』じゃなかったの?」 「姉より強い妹がいちゃいけないのよー! あのアマっ子は接待知らないよ! 絶対! 会社に入って苦労するよ!」 しっかり者の菜々ちゃんと由乃さんだったら、由乃さんの方が会社勤めに向いてないよな……。 祐巳がそんなことを考えていると、由乃さんにジト目で睨まれた。 「なに?」 「祐巳さん、顔に出てるよ」 ちさとさんに指摘されてから、あわてて両手で顔を隠した。 2. ちさとさんは、ずいぶん前から由乃さんを呼び捨てにしている。 曰く、「ありゃ、『さん』づけするタマじゃないもの」だそうだ。 かくいう祐巳は、ふたりのことを『さん』づけで呼んでいた。 『由乃さん』、『ちさとさん』の方が、しっくりくるのだ。 他人行儀なのだろうか、と考えることもある。 お姉さまと令さまのように、呼び捨てで呼び合える関係なら素敵だなって思う。 その反面で、ただ、お姉さま方の関係性にあこがれているだけなんじゃないか、って悩む時もある。 悩んだ挙げ句、祐巳の頭はパンクして、出した答えが『現状維持』。 いつまで経っても学生気分――大学生だから、まだ学生なのだけど。 未だにお酒も飲めない。 祐巳は、自分が、まるで成長してない気がした。 自分は結局、ツインテールをやめただけなのか。 3. ぼんやり物思いに耽りながら、食券を買い、カウンターで注文する。 「お姉さま」 隣から、親しげな呼び方とは裏腹に、底冷えするような声がした。 夏ならさぞ助かりそうだが、あいにくまだ五月だ。 いつもローテンションなその声の持ち主は、 「あ、瞳子」 祐巳の妹だった。 「ずっといましたよ。気づいてなかったんですか」 「えーと、そりゃあ……」 「気づいてなかったんですか」 「……ゴメン」 初めて会った時は、ずいぶんと演技がかった声を出していたものだが、言動含めて、いまは熾烈というか、容赦がないというか、妙に落ち着いてしまった。 そういえば瞳子も、例の縦ロールをやめていた。 「私の髪の毛がおかしいですか?」 祐巳が、あまりまじまじと見つめるものだから、いぶかしげに尋ねてきた。 「別におかしくないよ。瞳子の髪は、いつもさらさらで、素敵」 本心だった。 つい、ふたりきりでいる時の感覚で、瞳子の髪の毛を触ってしまう。 「あっ……」 枝毛ひとつない、きれいな髪。 「や、やめてください」 「なんで?」 「なんで、って……」 瞳子は体を離し、カウンターからトレイを受け取った。 「私のオムライスができたからです」 そのまま瞳子は、由乃さんとちさとさんの待つテーブルへと向かっていった。 こっちのクリームコロッケ定食ができるまで待ってくれてもいいものを。妹甲斐のない奴め。 4. 三人は、丸テーブルを取り囲むように座っていた。 祐巳は、瞳子の右隣の席に腰かける。 由乃さんとちさとさんは、すでに食事を始めていたが、瞳子は一口も手をつけていないようだった。 「あれ、瞳子、どうしたの? 食欲ない?」 「お、お姉さま……!」 祐巳がわざととぼけて尋ねると、瞳子は、怒りを込めて睨みつけた。 さすが未来の大女優、眉を吊り上げ、眉間にしわを寄せ、なかなかの迫力だ。このまま睨まれていては、呪い殺されかねない。 「冗談、冗談。私を待っていてくれたんだよね。ありがと」 「まったく……」 「瞳子ちゃんも、祐巳さんのボケにつき合ってあげるから偉いよね」 ちさとさんが、祐巳と同じクリームコロッケをほおばりながら言った。 「違う、違う。のろけてんの」 ふくれっ面のまま、むしゃむしゃと食事を進めているのは、祐巳の向かいの由乃さんだ。 「あれ」 と、祐巳は、由乃さんのトレイを見つめた。 「あげないわよ」 「そうじゃなくて。由乃さん、脂っこいものダメじゃなかったっけ?」 由乃さんが食べていたのは、あろうことか、トンカツ定食だった。 「ああ、これは……」 「お姉さま」 由乃さんが説明しようとしたところを、瞳子がさえぎった。 「豚と馬が戦いました。勝ったのはどっちでしょう」 我が妹ながら、ずいぶんと突拍子もないことを言ってくる。 「ええと、馬かなあ」 「理由は」 「後ろ足で蹴ったら強そうだし」 「はずれです。正解は、『トンカツ食べたらうまかった(馬勝った)』」 「……駄洒落?」 「縁起担ぎです」 食事をしながら、瞳子は語った。 三年も前のことだそうだ。 クリスマスイヴに、瞳子がリリアン女学園から帰ろうとしていたところ、見知らぬ女性に声をかけられ、一緒にファミレスで食事をしたらしい。 「そこで、この縁起担ぎの駄洒落を教えられたんです」 「ふうん、三年前……の……クリスマスイヴっていうと……」 祐巳の脳裏に、ある出来事が甦る。 「祐巳さん、顔、真っ青だよ?」 ちさとさんが心配そうに顔を覗き込むが、由乃さんが手を振った。 「ちさとは知らないのね。あの日、瞳子ちゃんにフラれたのよ」 「言うなー!」 結局、ふたりはめでたく姉妹になれたから笑い話になるものの、当時は死ぬか死なないかってくらいの気分だった。 「でも、その女の人って、何者だったんだろ」 『知らない人についていく』だなんて、ちょっと無防備すぎると思ったけど、昔のことを蒸し返しても仕方がない。 「あ、名前、教えてもらいましたよ。ええと……」 ちさとの問いに、瞳子は思い出そうと首をひねった。 「よくある名前だったような……ええと、サ……」 「『サンタさん』でしょ!」 と、祐巳が叫んだ。 「アホ」 由乃さんの、冷徹な一言。 「由乃さまに一票」 瞳子までもが敵色だった。 「ひどいなー。クリスマスイヴで、頭が『サ』なら、『サンタさん』しかないじゃない」 「他にもあるわよ。『ザ・フライ』とか」 「『座頭市』とか」 「クリスマス関係ありませんって」 エピローグ そんなこんな話しているうちに、四人は食事をおいしく平らげた。 由乃さんだけは、少しつらそうだったけれど、食べきったことに、妙な満足を覚えているらしい。 「よし! これで、今度こそ勝てるぞ!」 「剣道に?」 「『マリオカート』に」 ダメだこりゃ。 |