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If She Wants Me



 晴れて、瞳子と姉妹(スール)の契りを交わした祐巳だが、現状に満足しているわけではなかった。
 『三年生を送る会』を控えているせいか、演劇部のホープたる瞳子はいそがしく、祐巳たち山百合会メンバーの前にも、さまざまな雑務が山と積まれていた。
 つまり、姉妹になったというのに、ふたりきりで会えないのだ。
 たまに瞳子の姿を見かけても、気づいているのか否か、すたすたと目の前を通りすぎていってしまう。
 呼び止めようと差し伸べた手は宙ぶらりん。
 通りすがりの紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アンブゥトン)ファンに、日舞の練習ですか、なんて声をかけられたりもしたっけか。
 由乃さんにそのことを話したら、「阿波踊りがせいぜいでしょ」なんてバカにされた。
 一方、心優しい志摩子さんはというと。
「オアシスを求める旅人ね」
 砂漠で喉をからからにした旅人が、オアシスを探して四苦八苦。やっと見つけた泉は蜃気楼。
 そういうことらしい。
 そういうことかもしれない、と祐巳は思った。
 だって、会えない会えないと言っていたある日の放課後。
 なんとなしにビスケットの扉を開けたら、ドリルが二本、あったのだ。
 言わずと知れた、瞳子の髪の毛だ。
 ビスケットの扉に背を向け、テーブルに向かっている。
 仕事でもしているのだろうか。
 祐巳は、その背中に、おそるおそる近づいた。
 手を伸ばせば、蜃気楼のように壊れてしまうんじゃないか。
 そもそも、声をかけていいものだろうか。
 階段を上がってきた音にも、扉を開けた音にも気づかないほど仕事に熱中しているのだ。
 祐巳は、瞳子の肩越しに、彼女の仕事を覗き込んだ。
 プリントの裏地らしかった。
 瞳子は、夢遊病者のような手つきで、なにか絵を描いていた。
 しかし、ここまで顔を近づけているというのに、瞳子はまるで祐巳に気づかない。
 祐巳は、瞳子の縦ロールを、びよんと引っ張ってみた。
「うひゃあああ!」
 稲妻にでも打たれたように、瞳子はびくりと跳ね上がると、首を左右に振った。
「私だよ、瞳子〜」
「お、お姉さまっ!?」
「びよんびよーん」
 引っ張って、離す。
 瞳子の、硬くセットされた髪は、元通りの縦ロールに戻った。
 振り返った瞳子が、椅子から立ち上がり、祐巳の顔を睨み付けた。
「なにするんです、いきなり」
「形状記憶合金ごっこ」
「……はあ」
 大げさにため息をつきながらも、瞳子は、後ろ手になにかを隠そうとしている。
 祐巳は、両手を瞳子の腰にまわすと、素早く腕を捕らえた。
「ひゃっ」
「つかまえた、っと」
 瞳子を抱きしめる格好になる。
「や……やめてください」
「やめなーい」
 腕の中で、瞳子が身をよじる。
 祐巳はそのまま、指をすべらせ、瞳子の手から、隠そうとした物を取り上げた。
「生徒会の持ち物検査です」
 瞳子の肩を両腕で軽く締めつけたまま、それを瞳子の頭上にかざした。
 あまったプリントだ。
 白紙の裏面に、絵が描いてあった。
 おまんじゅうのような円の中に、ごまのような黒い粒がふたつ、横に並べられた。目だろうか?
 ごまが目なら、その下の、さかさまのおにぎりは口だろうか。
 円の外には、半分にちぎったクロワッサンが、ひとかけらずつくっつけられる。
 わかった。ツインテールだ。
 小学生のような絵だが、祐巳の描く幼稚園児のような絵よりかは、画才があると言ってよさそうだった。
「私の顔?」
 瞳子は答えない。
 身じろぎすらやめ、腕の中で黙ったっきりだ。
「……もしもーし?」
 怪訝に思った祐巳は、両腕を下ろし、瞳子から離れた。
 すると瞳子は、逆に自分から、祐巳の胸に飛び込んできた。
「がんばって無視してたんですよっ!」
「無視しなくてもいいじゃない。挨拶くらい……」
 瞳子は、祐巳の胸に顔をうずめ、肩を震わせ泣いていた。
「さみしかったんですよっ。ばかっ!」
「うん、私もなんだ」
 よしよし、と髪をなでてあげる。
 しがみついてくる手が、演劇部の練習で傷だらけだ。
「顔を見せて」
「いやです、こんな顔」
 構わず、瞳子の顎に指をかけ、く、と上げた。
 目から涙をこぼしながら、しゃくり上げている。
 祐巳は、瞳子の頬に唇を寄せた。
 オアシスの水は、塩辛かった。



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